先程、最後の勤務を終えて、そのまま駐車場でこの記事を書いています。
人は過去を美化するものですから、今書かなければいけません。
私は人生を3つの時期に分けています。
- ひたすら貯金に励む「労働期」
- 様々な場所に暮らす「放浪期」
- 定住して半自給自足生活を目指す「定住期」
本日、その中の労働期が閉幕して、放浪期が開幕いたしました。
けっこう重要な人生のターニングポイントです。
約10年間を予定している放浪期の内容は、また詳しくまとめようと思うので、
今は労働期を振り返ってみようと思います。
就活
元々、大学卒業と同時に1年ほど海外旅行に行く予定でしたが、コロナウィルスの発生により行けなくなり、秋まで待って、急遽就活を行いました。
最初は大学時代を過ごした滋賀県から出たくなくて、滋賀県内で働ける企業を探していたところ、あらゆる僻地に存在している我が社がヒット。
大学時代に頑張ったことは何ですか?
A. 食費の節約です。
というふざけた回答ですんなり内定を貰いました。
この時点で、数年働いたら辞めて、旅行に行こうと考えていました。
数年で退職することは、就職する前から決めていたということです。
まぁこの頃は10年後までには辞めたいと考えていたので、当初の予定よりはかなり早めに退職しましたね。
福井時代
なぜか初任地が福井県になり、大型店でせかせかと働いていました。
大型店勤務は労働というより運動という感じで、ひどい時は朝7時〜夜8時まで動き回っていました。
お客さんに捕まりたくないから、小走りで移動とかしてましたねw
今考えると正気の沙汰ではないくらい、運動量は多かったですが、
幸いなことに、私のいた部署はいい人達ばかりだったので、そんなに辛いこともなく過ごしました。
▼当時書いた日記
広島時代
なぜか突然、広島に飛ばされました。
極めて異例の移動距離でしたが、現在の人手不足の惨状を見ると頷ける気がします。
大型店から小型店に変わり、比較的穏やかな日々が始まりましたが、わずか半年で県内の別の店舗へ飛ばされました。
片道1時間20分通勤が始まりましたが、病んだりはしなかったですね。
中途半端に貯金が貯まりだして、ひとまず500万までは貯めたいと思っていました。
金を貯めるという働く意味があったから、長距離通勤も気にならなかったようです。
病んだのは片道4時間かかった雪道他店応援くらいですね。
やっと店に着いたら上司の上司がいて、「死ぬかと思った?w」とか言ってきたのは忘れられません。
慣れない雪道で、本当に死ぬんじゃね?と思いながら運転してきたので。
まぁ今となっては笑えるので良いですが。
▼当時の日記
島根時代
半年前に島根にやってきました。
住環境はこれまで住んできた中で一番素晴らしく、店の従業員層や客層もきれいで、わりと楽に過ごしていましたが、
すでに広島時代には、ひとまず目標にしていた500万円が貯まっていたので、モチベーションは下がっていました。
そこに往復3時間の他店応援が入るようになり、次第にしんどくなってきて、
退職の意を表明しました。
▼当時の日記
まとめ
私が行うのはFIREではなくセミリタイアなので、労働を無くすことはできませんが、
積極的にお金を貯める時代は終わりました。
つまり、正社員はもう一生やらない可能性が高いということです。
バイトか派遣社員をやりながら、節約のゴリ押しで生きていきます。
老後資金を貯めるのは定住期に入ってからでも間に合うので、
定住用の小屋と土地を手に入れる資金さえ残していれば、
あとは自由に使って下さい。
1年間の海外旅行で300万くらい使っても良いし、
最悪、小屋土地代が足らなくなっても、その時に必要分働けば良いだけだから。
本当に使いたいことには迷いなく金を使う放浪期を過ごして下さい。
人生は総合評価だと思います。
最後に野垂れ死のうが、その刹那に過去の栄光を思い出せれば、それは悪い人生ではありません。
良い人生とは、後悔の無い人生のこと。
悔いの残らないように、
放浪期を楽しんでおくれ。
以上、
これにて労働期は閉幕。
放浪期の開幕を宣言します。
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